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2006年12月 4日 (月)

「功名が辻」48 土壇場で強いのがもののふ(笑)

   「かずとよ~~~~っ!
   お茶の間に響くおかあさんの怒号。
   やってくれました。
   先週、れいの種崎浜の大虐殺に怒った千代さん、
   「お暇をくださいませ」と離婚宣言。この場合の「暇」とは休暇ではなく非雇用期間です。あまりにも家事をさぼってる我が家を見てうちの母が
   「お暇が出ませんね」と言ったことがあります。なんども聞き返してやっと
   「こんなのでよく離婚されないわね」と言うような意味だったそうで。いや、方言とかローカル言い回しじゃなくて。日本語って奥深いわ。
   さて、世の定年後に離婚を切り出されてうろたえるパパと同様、一豊さまったら目を剥いて「離婚してどうするの!? どこに行くの?」って。ああ、こういうとき六平太が生きてたら「もしかしてあの男とやり直す気? ゆるさ~ん!!」とまたもつれて面白かっただろうに(やめなさい)。
   「城下にナントカという荒れ寺があります。そこで六平太や新一郎や一領具足のものたちの菩提を弔って暮らします」って、京へ上ってねねさんの弟子になるんじゃないのか。しかし、らぶらぶだったときからさりげなく町の様子をチェックして、あ、こんな所に荒れ寺が、だーりんと何かあったときはここに籠もるのもいいわねっておもっとったんかい。いや~千代さんてコワイ
   こういうような事態になったとき、既婚女性が頼るのはやっぱり友達ですか。できれば未婚の方が遠慮なくていいな。でも、おかあさんそんな友達もいなくって。嗚呼、情けは人のためならず。女の友情は結局は手前のためにあるのです? その昔、うちで実父と喧嘩してうちを飛び出したときに実感しました。こういうときに行く友達のうちの一軒もない自分ってなさけな~。結局隣町の交番に出頭して父に迎えに来て貰いました。なさけな~。せめて高校生の頃にやっときましょう。
   東京だと、大塚女子大学(仮名)のキャンパス横に同窓生会館があって、たしか卒業生は素泊まり3000円くらいで泊まらせて貰えたと思います。男子禁制ね。でもそれって、地方で女子教育を担っておられる諸先輩方が講演会やら研修会で東京にきたときに泊まるんで、旦那と喧嘩した馬鹿嫁のシェルターじゃなかったと思いますけどね。
   話を戻そう。
   いえ、それは千代さんのことだから。あら、こんな所に荒れ寺が。放っといて夜盗とかのアジトになったらまずいんじゃないかしら。暇になったらちょっと手を入れてもらっときましょう、とか、戦で夫を亡くしたおかみさんとかに入って貰って、親のいない子の面倒見てもらってもいいわねとかイロイロ考えてたんでしょう。そういう大局的な想像をしつつのお散歩のできるひとだったんじゃないかな。きっとそういう暇になったら考えるというチェック済みポイントが、邸内にも、城下にも、人間関係にもいろいろあるできる奥方。そういうものにわたしはなりたい。千代さんほどでなくても、奥方さまともなると菩提寺とかによく法要とか、供養のためとかそれを口実に庭を見にとかよく訪れてお金とかも積んでいて、何かあったら駆け込んだりできたんでしょう。世の中そんなもんよ。
   で、さくっと引っ越してきて、お掃除なんかしてる。やだな、お掃除からか。おかあさんやっぱり市内のホテルぐらいにしておきたいです。すると、戸を叩く美僧。ああ、丸顔のカワイイ少年だった拾くんがこんなに立派になって……。
   「土佐は遠うございますな」なんて現れるのです。パパとママの一大事にちゃんと現れる拾くん、偉いぞ。やっぱ、苦労しただけあって、ここぞ、というときが解るんですね。でも、「寛猛自在」なんて言葉をママに書いてやって、優しいだけじゃやってゆけないと諭すのです。おお、立派なお坊様ぶりだ。お城の工事現場へもいって、パパにも事情聴取。ここで、よろめく一豊さま。もう若くない、と笑ってみせるのも伏線。
   「姉上! 一大事」と康豊が駆けつけます。一豊さまが倒れちゃった。もう、矢も楯もたまらず枕元に駆けつける千代さん。ごめんなさい、ごめんなさいと看病をしますが。
   そこで、むっくりと腹筋を使って一豊さま跳ね起きるんだ。
   額に載せてた手ぬぐいなんて、ポイしちゃうし(この手つきが可愛かった)。きっちり座り直して。
   「そなたを2度謀った」って、なんです?

   

仮 病 だ っ た の で す 。

   冒頭、わたくしの怒号はこのとき発せられました。
   あ~あ。
   そんで、コレコレこういう理由でやむなく討ち果たしたので、山内家200年の汚点になるであろうがしょうがない云々とまた一豊さまらしからぬ立て板に水トーク炸裂。
   あきれた千代さんに頭を下げると(でも土下座までは行かないよ)、千代さんはついた手を膝に戻してやって、仲直り。

   控え室では「実はね」と拾くんに吟が種明かしをしていて「なおこじれます!」「いやいや、これが年の功」とか揉めてました。このドタバタぶりもたまらない。そういえば、「新選組!」でも、山南さん切腹のあとは近藤勇の奥さんが京都に出現して大騒ぎになってましたね。やっぱり愁嘆場の後はドタバタというのが正しい作法か?

   やっぱり、いつもはマジメでうまくしゃべれなくて世渡りも下手でむっつりしてても、いざというときにとうとうとしゃべれるってのはいいです。カッコイイ。日本男児かくあるべし。一豊さまステキ!
   と、「土佐は何万石? ありゃ、50やっても良かったな」という台詞は家康とオカマチック直政との間で再現されてました。面と向かって言ってやれよ。土佐藩士は200年それでコンプレックス持ってたらしいから(さしたる武功もないのに20万石で、よその藩との初代自慢合戦ではいたたまれなかったらしいです。シャレでごまかしてたとか)。直政も目を剥いてましたから、ツーカーで解ってたとは言い難い、という解釈のようで。じゃ、誰だっけ、家康とツーカーで、三成が逃げ込んできたときも阿吽の呼吸だったっていう家臣は。

   で、高知城が完成して二人して仲良く見回って「六平太にも見せてやりたかった、新一郎にも、吉兵衛(鉄矢)にも……」とか言ってるときに、一豊さま今度はホントに倒れてます。目を開けたまま棒のようにどすんと。うわ~、上川さん度胸ある。
   このまま帰らぬ人となるのでしょうか。次回最終回! お楽しみに!!

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コメント

まいねおかあさんもプレ最終回ともなると気合いが違いますね。
ああ、早いものです。一豊なんてよくしらないけれど、夫婦もの時代劇が始まるということで日曜の夜が楽しみになりました。女優食いで有名な上川くんが由紀恵ちゃんに手をつけるのではないかと危惧されましたが、今のところ無事??
最終回は死ぬべき人が死んで、、、ということですかね。
師走。年賀状書かないと。

投稿: アマサイ | 2006年12月 4日 (月) 15時49分

 アマサイさんど~も~。おかげさまで先々週、出だしがちょっと欠けたぐらいでほぼ今年もコンプリートしましたですよ。原作を読んでると文句たらたらになるから読まない方がいいのかなあ、お見苦しかったですかね? でももう「風林火山」も読んじゃったし。来年もつっこみ倒していきます。こうご期待。

投稿: まいね | 2006年12月 4日 (月) 22時39分

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