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2006年10月 1日 (日)

「功名が辻」38 養子の立場

   とうとう秀次切腹です。謀反発覚、秀吉に召喚されて進退窮まった秀次に、マジメだけが取り得の一豊くん、申し開きをせよだの必死に説得致しますが、そこへ千代! 駆けつけてきた千代! (山口百恵の往年の名曲「絶体絶命」のメロディを思いだしてください)「ここで御髪を下ろしてゆかれませ!」って出家して命乞いですか。
   思えば出家ってのは日本古来、唯一のドロップアウトの受け皿でしたねえ。壬申の乱勃発前夜の大海人皇子とか、源平争乱時の牛若丸兄弟、足利幕府の将軍の次男以降とか。「ワシャ政治的野心なんもありませんから(だから命ばかりはお助けを)」という意思表示。代々そうしてきたから、逃げ込んできた貴人を守るノウハウもあったんでしょうね、きっと。「へうげもの」ではその筋で明智くんを匿おうというミッションが展開されてましたが(どうも内部分裂でコンプリートはされなかった模様)。
   秀次くんも、命が惜しいワケじゃないと、最後の関白としてのご奉公、「太閤殿下に直言」して散ります。いいのか、こんなにカッコイイ殺生関白で(誤変換して気が付いた、この人のあだ名の「殺生関白」は、普通の藤原貴族の「摂政関白」にかけてあったんだ!)。女房子供全部連座して虐殺ってのも、最後に逆らったからという理由付けなら納得。女狂い、酒浸りの揚げ句殺生して回るような甥の不手際を隠すためなんて、行き過ぎでヘンですもんね。ま、その理不尽さが老境の太閤の危なさを表していたのかも知れませんが。
   そして、山内家パートでは、どんどん凛々しくかわいく成長する拾くん。ちゃんと、留守宅の掛川方面では地道に働いて家臣の信頼を得てゆく康豊くんがアリバイとして描かれていて、「このままだと将来家臣が割れる」という吟の主張も納得いくものに……。いや、おかあさんは「拾は捨て子にしても、康豊の子だってどうせ千代さんにとっては貰いもんじゃん。一豊さまの隠し子が出てきたならそっちが絶対優先だろうけど、後になってひょっこり現れた康豊がそんな偉いかよ」と不満。そんな、3親等でも血が繋がってりゃ有難いですか、と、女系天皇論議で旧竹田の宮の子孫でも持ってこいと言ったその口でおかあさんったら。やっぱりまがりなりにも9ヶ月見守ってきたらヒロインには愛着が湧くもんですね。
   というわけで、決断の時。こういうときには旦那様が出るんだ?
   「今まで戦乱の世でいろんな人を殺してきた業が溜まっておる。その業を清めてもらいたい」って、持って回った言い方を。いきなりこんなこと言われても困ります。兄弟が5人ほどもいれば、身体の弱い次男とか三男とかにやってもらう方面だよね? 今まで偉い武将になるんだって育ってきた子にそれはないって。
   これが秀次みたいに文化系の子だったら、お前はお坊様の方が向いてますでいけたんだろうけど。本人武勇の方もいけてたみたいだし。
   イヤだと言ってのけた拾くんも、とうとう「家長としてのご命令なら」と、観念して受け入れます。やっぱり捨て子だと言うことを知っていての潔さでしょうか。そりゃ、あからさまに「拾」って付いてりゃなあ。よその子は「鶴松」とか「仙千代」とかなのに。千代さんのバカ。
   ただ山内家の門前から捨て子としてお寺に直行よりかは、「山内家の養い子がこの度出家して当寺に入る」方が、お寺の待遇は良かったでしょうから、お千代さんがしたことは拾くんを傷つけただけではないでしょう、一応素読なんかも仕込んでもらったみたいだし。って、そういう損得の勘定だけじゃなくってさ。
   「良く食べよく眠り良く笑えとの母上の仰せでございます」に、
   「武士はむやみに笑ってはならぬ」と言っておきながらからからと笑う一豊さまもおバカ。でも、こっちも突っ込みながら笑ってしまう、罪のない微笑ましいシーンだったのに。そういう温かい日々を過ごせたことは、拾くんのこれからの人生にきっと温かい財産として残ってゆくことでしょう。
   素読で思いだした!
   拾くんの素読、一カ所イントネーションおかしくありませんでした?
   え~と、思い出せない! 今の言葉にもある言葉と近い音の並びで、でも違う言葉だから、切り方が違うのに、その、現代語のつもりで切って読んでたような。スタッフさん、突っ込んであげてくださいよ。例えると「いとけない」を「いと、けない」って読んでたカンジ。論語、あの年頃じゃ知らないんだろうなあ。

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コメント

 思ったんですが。
 若手の暴走に「太閤様の恐ろしさを知らん!」とかいっておじさんトリオで愚痴ってないで、ばれたらどう立ち回るかを考えておいてあげなかったのはやっぱりあんたたちのミスです。なんのための年の功なんだよ。そういう先の解る官兵衛さんとか、半兵衛さまみたいなひとがひとりもいなかったのが悲劇の原因ね。秀吉は判ってて付けなかったかも知れませんが、それはそれで現地調達しないと。山内家家中なら原作千代さんがナントカしそうだけど、この頃は子育てに夢中? 偉そうなこと言っていた康豊は……掛川で内政か。つくづく不運。

 

投稿: まいね | 2006年10月 1日 (日) 15時30分

秀吉の子も幼少のときは「捨松」だったか「捨丸」だったかのはずですよ。言霊信仰ですね。悪魔、死神に対して「この子はうちにとって全然大事じゃない。だから命を奪ってもメリットはないですよ」という逆フェイントです。それで、死神が本気したらどうすんじゃい、とは昔の人は考えず、一種の魔よけですね。嫡男はどこもそうです。あと男の子は女の子にくらべて弱く、病気に罹りやすいですからね。今もその因から男子に女子の名を付けることは習慣として一部あります。

投稿: アマサイ | 2006年10月 4日 (水) 10時19分

アマサイさん面白い知識をどーも。そういう悪霊除けの名前って洋の東西を問わず有るそうですねえ。乳幼児死亡率が高かったからなぁ。

投稿: まいね | 2006年10月 4日 (水) 14時02分

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