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2006年9月 9日 (土)

「功名が辻」35 ハンカチ持った?

   先週はPTAの用で電話を掛けまくっていたのであの大切な前半部分がよく見られなかったので、満を持して今日の再放送を待ったんですが。
   そんなに泣けなかったよ。
   家康攻略がなんとかなって、お役ご免のあさひさんは病気ということで大坂に帰ってきてます。前回からの引きで、町で買い物をしてる千代さんは、落ちぶれて針売りになってる副田甚兵衛さんを見つけて、あさひさんに頼まれた口述筆記のお手紙を渡すことに成功します。
   場面は変わって、山内家の寝室。わ、ちゃんと川の字で寝てるんだ。よね姫のときはお乳母に任せて死に別れちゃったのがトラウマなんでしょうか、それとも、まだ小さいからなんでしょうか。ま、よそんちはとりあえず旦那様は別室だよな。まだまだアツアツのお二人です。しかも。
   「追わぬのが武士の情けであろう」なんて、甚兵衛さんのことをそっくり一豊さまに話しちゃったみたいですね。それで、見過ごしにできない千代さんと、戦国武将気分の抜けきれない一豊さま、価値観は多少ずれているにせよ、いまさら気にしないでとりあえずあったことは話し合ってるいい夫婦。このシーンは好ましいと思いましたです。
   しらをきった甚兵衛さんの方も、夜にコッソリ起き出して月明かりで文を読んで。「わたし」とはじまったのに、途中から「おら」に戻っちゃってる文字通り真情の書かれた文。読み終わって、目をぎゅっと閉じて。それでも滂沱の涙は見せない演出。甚兵衛さは由緒正しい武士だから。きっと涙は見せないしつけを受けたんでしょう。うん、好きだぁ。
   危篤の床に、見舞いに参じる「山内対馬守のご内室」、千代さんももうこんな風に呼ばれる「貴婦人」なんですねえ。これは、「太閤の妹」の見舞いに参じてもおかしくないご身分かも。ご都合設定という言葉を一瞬忘れました。それが、「副田どののお言付けを預かっている商人」として甚兵衛さんを連れてくるのです。ただし、商人の身分なので、庭に立ちんぼで。オイオイ。季節は冬にはいってます(手紙を読む甚兵衛さんに雪が舞い降りてた)。今にも死にそうな貴婦人(笑)が伏せってるところの戸を開け放しにすんなよ。もう、去年の平家の住んでた寝殿造りのお屋敷だってもうちっと屏風を立て回したり几帳を置いたりしてたよ。庭先の甚兵衛さんと目を見交わすためとはいえ、奥のあさひの伏せってるとこ、千代さんが呼び出されて控えてた次の間、そこから濡れ縁まで全開でさぞ寒かったろうと同情しましたです(いや、セットだし)。
   そこで甚兵衛さんは「勧進帳」をやってくれました。去年の弁慶のアレと同じ。なんも書いてない紙を持って、副田さんから託された手紙を読んでるふうで、今、あさひに死んではならぬ、自分の妻は生涯そなただけだ、あの世でまたまみえようと訴えかけるのであります。周りはみんな気がついてますね。あさひさん本人も、起きあがって(見事に病人の顔になってました。「新選組!」の沖田総司といい、よく頑張ってダイエットしたこと!)、涙を流しながら満足して逝きました。
   豪華な葬式だったという町の人達を蹴散らすように、傷心の甚兵衛さんが「針はいらんかね!」と叫ぶシーン。そう、胸が張り裂けそうで、哀しみをこそ口に出したいのに、彼はそれができない性分なのです。でも、叫ばずにおれない。だから、針売りとしては針売り口上をただ叫ぶ。そして、堪えきれずに一言「あさひーっ!」
   巧かったと思うけど。
   2回見たせいかな? 予想したほどは泣きませんでした。いえ、異常乾燥注意報ってことではないです、ほろり位。
   そして天下の総仕上げ。
   石垣山城を一夜で作って見せて。町を作って大名の奥方まで呼んで。そして、信勝と家康との危うい同盟を阻止、ついでにたちションで家康を関東におしこめる。
   見事に史実パートは定石通りに描いてくれました。
   ま、ちょと、三成が出しゃばりだったかな。この辺がこの大河オリジナル伏線か?
   さて、戦があれば興奮し、人の出世は気にしない、よいご気性(?)の一豊さまが呆然とご帰宅。
   「鶴松ぎみが亡くなられた」
   茶々(アーンド三成)失脚!? 待て次週!

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