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2006年2月27日 (月)

「功名が辻」8 太閤記は繰り返し

   本日は太閤記でいうと、朝倉攻めで信長様浅井の裏切りに遭いあわや袋のネズミになるところをお市様の暗号で危機を察し、脱兎のごとくに逃れる段。ここで秀吉は一番難しい殿軍、逃げる軍勢の最後を勤めて敵の追撃を防ぐ役割を買って出て生還、皆から一目置かれるようになるだいじな節目です。竹中直人の「秀吉」の時には蜂須賀小六の大仁田厚がバズーカをぶっ放して、歴史通にもそうでないひとにもオイオイ、と言われてた所ですな。ま、あの時代は既に日本が戦争の最先端だったらしいですから(ヨーロッパはもうだいたい宗教戦争は終わってたらしい。たしかいちばん最後までやってたドイツ30年戦争が1648年終結。それで、余った武器が戦国まっただ中の日本に流入。日本人もまた器用で新しいものが好きだから、工夫してまねるまねる、作る作る)、「あってもおかしくない」というマジ考証に「あったら面白いでしょう」というちょっとした踏み込みでの描写だったかも知れず。
   脱線しちゃった。
   手柄に焦る山内家一行は城を明け渡して出る三段崎なにがしという有名な武将に因縁をつけて戦闘開始。これは吟ジュニアが犯人です。「旦那様に功名を~」って、それはないだろう。せっかく無血開場(城主は切腹らしいけど)だったのに。この辺の勝ったからいいじゃんというあっけらかんとしたところが高度成長期くさい。原作はさすがにここまでやってなかったと思うけど。弓の名手三段崎は討ちかかる一豊様に矢をつがえ……って、あんた、そんな至近距離から。刀抜いても届きますけど。やっぱ飛び道具だから弓の方が強いのかな? あせる一豊様、とっさに顔を伏せるとカブトのこめかみの所にくるりんとした所がありますね、両側、あそこで跳ね返ってなんとか直撃は避けたものの、目尻のところから上あごにかけてグッサリ。いや、あのくるりんはこのために付いてるんですね。
   矢武士、いや、矢旦那様です。
   こりゃ~痛いよ。
   そのまま一豊様え~と、接近戦で寝技に持ち込んで敵の首筋を切ったり刺したりする用の小刀を取り出しまして、今言ったところの本来の目的に用いるわけですが、そのままゴロゴロと崖を転げ落ち……三段崎ナントカは頭を強く打って死亡。
   ……よかったね。
   駆け寄ってきた鉄矢と吟(いい加減役名を覚えましょう)がもう半泣き。それでも吟は旦那様を押さえ、鉄矢は「失礼!」って顔に足をかけてよいしょっと矢を引き抜きます。吟ジュニアはもうおびえちゃってガクガク(演技うまい!)。
   そんなとこへお市様からの「陣中見舞い」が届くんだ。小豆を布の袋に詰めて、両端を糸で縫いくくって「アナタは実は袋のネズミ」って。あんまりメジャーだから、今回アレンジしたみたい。
   「小豆か、フフ……」って、ああ、信長様、だいじな差し入れを地面にばらまいて……
   「小豆……小豆坂!?」と、浅井の裏切りに気づくのであります。お願いだから、そーゆー新解釈の時にはナレーション入れてください。2ちゃんねる大河板で教えてもらいました。「小豆坂」と言えば、家康パパが裏切られて家臣に暗殺された「裏切り」の代名詞的事件だそうで。しらねーよ。いや、当時のあの辺のお侍には常識だったかもだけど。で、神速の決断。
   「陣払いじゃ! しんがりは……誰も申し出んのか!?」って、展開はやすぎでみんなついて行けてません。えーと、柴田勝家とか、織田家臣団棒立ち状態。袋のネズミ状態の殿軍って、全滅必死だし。だれも志願しませんって。
   「このサルめに殿軍(しんがり)をおまかせください!」とはいつくばって秀吉決死のご奉公なわけ。舘ひろしの信長、結構いいカンジに目を細めて「許す」って。オッサンだけど、いいじゃありませんか。秀吉ご一行は死人のつけるあの三角の白い布、あれを頭につけて「既に死んでおればもう死なぬ」なんて勢いつけて、真面目なんだか遊んでるんだか、そこへ、戸板に乗った一豊様が「足手まといだけど混ぜて」とやってくるわけだ。先週もですが、この時代、てゆーか昭和30年代ぐらいまで、歩けないほど弱ったひとを運ぶときは「戸板もってこい!」でしたよね。簡単に取り外しのできる日本の家屋、担架代わりに使えたんですね。今はどうしてるんだろ。襖はあるけど襖じゃ人間の重みに耐えられないよね。
   さて、ここでみんな決死の一働き、と言うところで<続く>。ところが、次回予告ではかわいい長澤まさみがでてきて「『初めての浮気』、お楽しみに」っておい! ま、主役が8話で死ぬわけないんだけど。千代さんのメリーウイドーライフな大河になっちゃうし(それもまたよし?)。
   やっぱり今年の大河は突っ込みながら軽い気持ちで見られます。いいんじゃないの? 回数こなすにつれ太閤記に詳しくなって。わたし、この前の「秀吉」までこの金ヶ崎の殿軍エピソード知らなかったし。もう、戦国末期を繰り返し繰り返しやって日本人の常識として刷り込んでいきましょう、と。

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コメント

 「武器事典」で確認。「バズーカ」(正式の定義は知りませんがここでは手持ち大砲)はほぼ同時代に実在しました。「抱えの大筒」というそうで、長さ90~140センチ。前装滑腔式の火縄銃の口径の広い(27ミリ以上、識者の分析では30~40ミリ)のと申してます。前ごめ式でライフルが切ってないってことか? ウソのようなホントの話。
 待てよ、大仁田厚が撃ってたのはソフトボール大の弾が出てきそうな口径だったと思うけど……ま、いいか、虚構だし。

投稿: まいね | 2007年2月 7日 (水) 03時34分

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