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2005年12月22日 (木)

今宵の暴論:仙台光のページエント廃止論

   杜の都仙台の名物と言えば、七夕なんですが、冬は光のページエントというものがありまして。目抜き通りのケヤキの並木に無数の電球を取り付けて、夜景を楽しむというもの。葉を落としたケヤキの小枝が風に揺れて、小さな灯火はさながら蛍火のように煌めきます。小雨が降っても水滴が夢幻のよう、今年のように雪ならそれはまた格別。ここ十数年の行事なので、れいの「青葉城恋唄」のころにはなくって、歌には登場しておりません。まぁどこでも年末にはやってる賑やかしの類で、「見に来てるのは仙台以外の人間」と地元のひとには冷たく切り捨てられてたりもしますが。早乙女家はもっと積極的に廃止論を採ってます。だって、時代に逆行してますでしょ? 必要ない灯りを12月の20晩ほどに4,5時間ほどずつも灯しているんですよ。電力の無駄。光害の垂れ流し。うちからは見に行ったことはありません。丁度風邪のはやり始める時期だしね。うちの子は身体が弱いから。帰省も控えているし、自重、自重。
   「せめてLEDなら消費電力も少なかろう」
   「新規投資は無駄だからそれはないでしょう。前年からの設備を再利用しているから年々無反省に規模が拡大してゆくんです」
   毎年そんな会話が真剣に交わされておりますのよ。
   「もういい加減やめたらどうなんだ。電気代を街頭募金してまでやる意味があるのか」不況で地元企業からの協賛金が集まらないと言って、前世紀末ぐらいから募金が始まったんです。
   「あれで儲けている業者がいるかぎりはなくならないでしょう」
   「俺は一度も募金に応じたことはない」
   「わたしは足こぎの自転車のライトで参加者に電力の供給を頼んだらいいと思いますね。あ、日中は晴れてるんだから太陽電池もいいな」
   なんてことを言ってたら、今年も始まりました。とばっちりを食らって旦那様はご立腹。
   「今日はページエントで町中の道路が込んでいるからといってバスが遅れてきて10分も待たされた」
   「それは大変」
   「今日は雪の中30分も待たされた!」
   「可哀相、可哀相」
   「も う ペ ー ジ エ ン ト や め ろ !!
   嗚呼、これも仙台市民の生の声ですわ。

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コメント

他県人として、見せていただく立場なんで……
ノブレスオブリージとしてどうぞ続けてくださいませね♪

投稿: とむ影 | 2005年12月28日 (水) 16時26分

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